画一的なランキングを助長するものであってはならない
昨年、「大学における教育情報の活用支援と公表の促進に関する協力者会議」(以下、「協力者会議」)がもたれ、様ざまな立場の委員から忌憚の無い発言があった。数ある発言のなかで私の心に刻まれることになった一つを挙げれば、「定員が充足していることは、必ずしも教育の質が優れていることの証にはならない」という早田幸政氏(大阪大学大学教育実践センター教授)の指摘である。
そもそも教育情報の公表は「公的な教育機関としての説明責任と教育の質の保証・向上という責務を果たす」ために行われ、「分かりやすく示す」ことが求められる。この「分かりやすさ」の追究は、得てして定員充足率・退学率・就職率といった比率を示して、多種多様な全国の大学・短期大学を序列化して示す方向に進みがちである。
そのランキングがそれぞれの大学・短期大学の「教育の質」を明らかにするのであれば、何の問題も生じない。しかし、早田氏が指摘するように「定員が充足している」ということは、その大学の「教育の質が優れている」ことを証明することにならないし、「定員が充足できていない」ことはその大学の「教育の質が劣っている」ことを明らかにすることにもならない。
教育情報の公表が受験生の視点で求められるのは、受験雑誌を見てもそれぞれの大学の「教育の質」が見えにくいからである。定員充足率を序列化した棒グラフが示されても、何ら「教育の質」は明らかにならない。あくまでも「学生の集まり具合」が一望できるだけである。
「退学率」もまた、「教育の質」の優劣を表す根拠になりえない。なぜなら、学生が退学する要因には次のような様ざまな場合が混在しているからである。
①大学の教育力が期待外れに低く、向学心が薄れたことによる退学。
②質を堅持する教育方針に応える学習ができなくなっての退学。
③家計の悪化によって学費が納められなくなったための退学。
④将来のキャリアを深く考えずに入学したために、進路変更せざるを得なくなった退学。
学生におもねる対応で退学者が少ないという場合も多いにちがいないのだが、序列化された「退学率」は一人歩きして、退学率の少ない大学は教育が行き届いているかのように思わせる働きをする。「率」というのは背後に存在する多様な要因を捨象して示すということを忘れずにいたい。「大学ポートレート」がこの種のランキングを公表するならばその統計は権威づけられ、受験雑誌からマスコミまでの様ざまな媒体が引用し、実態を映し出さない大学の格付けに一役買うことになろう。
協力者会議の「中間まとめ」は「画一的なランキングを助長するものにならないように、各大学の多様な経緯や背景に配慮」すると述べ、序列化につながる公表に釘を刺している。このことを肝に銘じた「大学ポートレート」でありたい。
大学から地方の短期大学までを一律の指標で一望することで得られる実りは少ない
山頂にたどり着いて眼下にひろがる光景を目にしたとき、私たちは言いようのない感慨を覚える。しかし、統計による一望は高所からの心の躍る一望と異なって、一つひとつのもつ豊かさを隠す働きをしかねない。日本には国際的な研究活動に力点を置く大学から、地域社会への貢献を使命とする短期大学までが多様に存在している。私学に限って言えば、定員が3000名を超える大学(23校)から100名未満の短期大学(35校)まで900校あまりである。高木から低木までの多種類の樹々で作り出される雑木林のように、高等教育の世界は多種の大学・短期大学がそれぞれの持ち味を発揮して形作っている。
協力者会議の場で私は次のような発言をした。たとえば同一学科を設置する東北地方と九州地方の短期大学の、入学者数や就職者数などを比較する意味についてである。その折に引き合いに出したのは、全国紙と地方紙の紙面比較である。朝日・読売・毎日・産経・日経といった全国紙について、その政治・社会・文化・経済・スポーツの各面、そして社説や発行部数などを比較して考察する。その結果は読者が購読紙を選択する際や新聞社が紙面を作成する際に参考となるかもしれない。
しかし、北海道新聞・河北新報・千葉日報・中國新聞・琉球新報といった各地方紙のそれぞれの紙面を比較調査したところで、何か有益な示唆が得られるであろうか。購読紙を変更しようとする人は出ないであろうし、紙面編集の方針を変更しようとする新聞社も出ないであろう。地方紙はそれぞれ、地域の報道機関としての自負をもち、全国紙とも他の地方紙とも一線を画した方針のもとでその使命を果たしている。
全国に私立短期大学は337校あるが、そのほとんどは地域社会のニーズに応える高等教育機関として存立している。入学する学生の自県率は66%を越え、自県内への就職率は73%を越える。たとえ同一学科を設置しているとしても、その学科を取り巻く地域の状況は一括りにすることはできない。
こんにち18歳人口が減少し、四年制大学志向が高まり、専門学校が資格取得をうたって存在感を示す状況下で、私立短期大学の67%弱が定員を充足できずにいる。各短期大学を取り巻く個々の状況を省みることなく、大都会に存在する大・大学と同じ指標で測って何かを提言してもほとんど意味はないであろう。
「私立大学・短期大学等入学志願者動向」(日本私立学校振興・共済事業団 私学経営情報センター)によれば、平成22年度と23年度を比較して、前年度は入学定員未充足であったが23年度に充足した短期大学は30校(14%)、今回も未充足となったが充足度の上昇した短期大学は53校(25%)ある。様ざまな自助努力を行って成し遂げた短期大学の成果の逐一は、規模の大きい大学の高い数値に隠れ、ほとんど目が向けられないであろう。それぞれの地域で教育の質の向上に努めている大学の姿を広く知らせる「大学ポートレート」であってほしい。
それぞれの「強み」が公表された多彩なポートレートを楽しみたい
私は短期大学基準協会の認証評価で、これまで何校かの実地調査に出向いた。事前に自己点検・評価報告書を読み、報告書には書かれていない大学の情報にもホームページで目を通した。調査では報告書の記載に即して教育の状況等を確認していくのだが、キャンパスを歩いていると、そのたたずまいに言い表しようのない“ちから”を感じることがある。自然につつまれて過ごすキャンパスの春夏秋冬に思いをはせると、教育環境のこの“うるおい”を視野に入れないと教育状況の評価は一面に偏りはしないかと気が咎める。
文章では書き表せないこと、数値化できないこと、現地を訪れないと分からないことは少なくない。ポートレートの作成にあたっては、このことに充分に留意してほしい。受験生にあっては少なくとも一度は希望する大学・短期大学を訪れて、キャンパスの空気を吸い込んで学生の様子を見届け、ふさわしい学習環境であるかどうか自ら確かめることが肝要である。偏差値や模擬試験の結果や巷の評判で進学先を決めることは控えたほうがいい。「いちばん信頼できる」と、受験生が太鼓判を押す「大学ポートレート」を作ってほしい。
今回の教育情報の公表で、「分かりやすく」という観点とともに強調されているのが、「大学の特色や強み」の積極的な公表である。一律のものさしでは測りえないそれぞれの「強み」が公表されるならば、眼下の光景を山頂から一望するときと同じように、全国の大学・短期大学で展開されている多彩な教育に心が躍ることになろう。
「中間まとめ」は、大学の特色や強みを表す情報収集の必要性を指摘する。その一例として挙げられているのは、次の2つである。
①規模の小さな大学や地方の大学などが、地域に根ざした特色ある教育を行い、その地域の人材に対するニーズに応えている事例
②少人数によるきめ細かな指導や手厚い学生支援・就職支援を通じて学生の就業力の向上に成果を上げている事例
ポートレートでは、私立大学・短期大学900校の掲げる「建学の精神」も一望できるようにしてほしい。建学の理念には創立者の熱い教育観が凝縮されていて、大事な教育情報の一つだからである。
(『IDE 現代の高等教育』2012年7月号より)